大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(う)1476号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人深井正男、同植垣幸雄及び同林田崇連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第四点(理由にくいちがいがあるとの主張)について

よって、記録を調査して案ずるに、原判決が証拠の標目中に第二〇回、第二二回公判調書中被告人の供述記載並びに被告人の司法警察職員に対する昭和三九年九月二〇日付、同月二九日付各供述調書を挙示していること及び右各証拠には、原判示各事実について自己の罪責を否定する旨の被告人の供述が記載されていることは所論のとおりである。しかしながら、右各証拠に記載されている被告人の供述中には、いずれも部分的ではあるが、原判示事実に反せず、むしろその証明に役立つ事実が含まれていることが認められるので、原判決は、右各証拠中、原判示各事実に符合しない部分を除いて、その余の部分を証拠とする趣旨で右各証拠を証拠の標目中に挙示したものと考えられる。してみれば、原裁判所が右各証拠を判決に挙示するに際しては、右各証拠中原判示各事実に符合しない部分を除く旨を明示するのが望ましいけれども、そのような表示をせず、単にその標目のみを挙示したとしても、このことのみをもって原判決の理由にくいちがいがあるとすることはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第五点(訴訟手続の法令違反の主張)について

(一)  論旨は先ず、原判決は、被告人の司法警察職員に対する供述調書全部を原判示各事実を認定する証拠としているのであるが、右のうち、昭和三九年九月二〇日付以外のもの、すなわち同年九月二九日以降に作成された七通の各供述調書は、いずれも本件起訴(同月二八日)後に作成されたものである。しかして、刑事訴訟法が当事者主義的訴訟構造をとる以上は、被告人は公訴の提起後は検察官と対立し、対等の訴訟主体であって、もはや捜査官による取調の客体もしくは証拠資料獲得の手段又は対象とはなりえないものであり、したがって、刑事訴訟法一九七条の任意捜査にも一定の限界があるのであって、このことは、刑事訴訟法一九八条も被疑者の取調に関する規定であって、被告人の取調に関する規定ではないことからも窺うことができる。したがって、本件起訴後に司法警察職員によって作成された被告人の供述調書はいずれも証拠能力を有しない。原判決が右証拠能力のない各供述調書を証拠にかかげたのは訴訟手続の法令違反がある、というのである。

よって案ずるに、刑事訴訟法一九七条は、捜査についてはその目的を達するため必要な取調をすることができる旨を規定しており、同条は捜査官の任意捜査について何ら時期的制限をもうけていないし、現行刑事訴訟法は当事者主義的、弾劾主義的訴訟構造を基盤としながらも、捜査に関してはなお多分に糺問主義を残しており、刑事訴訟法一九八条は捜査官に犯罪捜査のために必要があるときは、相手方当事者となるべき被疑者の取調をする権限を与えている。しかしながら、捜査官が起訴後にも被告人の取調をすることができるか否かについては規定がないので、この点については、現行刑事訴訟法の全体系ないし訴訟構造に立脚して考究するほかはない。ところで、検察官が治安の責に任ずる者として公益的性格を有し、さらに公訴を提起し、その維持にあたる国家機関であることはもちろんであるが、他方、現行刑事訴訟法は当事者主義、弾劾主義を基調としており、検察官も一方の訴訟当事者としての性格を有する以上、任意捜査の時期、方法にもおのずから一定の限界があるのであって、起訴後の被告人を被疑者のときと全く同様に取り調べることができると解することはできない。元来、検察官としては公訴を維持するに足る証拠があるとの確信がなければ、公訴を提起することは許されないのであるから、検察官が公訴を提起した以上、原則としてさらに捜査をする必要がなく、せいぜい、より一層公訴の維持を確実ならしめるために必要な補充的捜査をなせば足りる筈である。また、検察官によって起訴された被告人は、被訴追者として単なる被疑者よりも不利益な立場に立たされると同時に、明確に一方の訴訟当事者として検察官と対等の地位に浮び上るのであるから、第一回公判期日以前といえども、早速、検察官による弾劾に対して自己を防禦する準備活動にとりかからねばならない。検察官(ないし捜査官)が、公訴を提起した後、なおも、このような性格を帯びた相手方当事者たる被告人を証拠資料獲得の手段とし、被告人に対して当該公訴事実に関する取調に応ずることを要求し、被告人自身に不利益な供述を引き出そうとするがごときことは、本来必要性に乏しいうえ、刑事訴訟法の当事者主義的、弾劾主義的訴訟構造に反するだけではなく、被告人の訴訟当事者としての防禦権を侵害するものであって、裁判の公正を害するおそれがあるといわねばならない。ただ、当事者主義、弾劾主義といえども、被告人が自らその防禦権を放棄することまでも禁止するものではないと解するので、被告人が全く任意(自発的に近い程度に)に検察官(ないし捜査官)のもとに出頭してその取調に応ずる場合にかぎって、これを取り調べることが許されるものと解するのが相当である。従って、検察官(ないし捜査官)が起訴後において被告人を当該公訴事実に関して取り調べうるのは、被告人が自ら供述する旨を申し出て取調を求めたか、あるいは、取調のための呼出に対し、被告人が取調室への出頭を拒み、または出頭後いつでも取調室から退去することができることを十分に知ったうえで、出頭し、取調に応じた場合にかぎられるのであって、このことは、被告人がたとえ勾留されている場合においても異なるところはない。そうだとすれば、検察官(ないし捜査官)が起訴後に被告人を当該公訴事実に関して取調べようとするときは、被告人が、取調室への出頭を拒み、または出頭後いつでも取調室から退去することができる旨を十分に知っていたことを認めうる特段の事情がないかぎり、あらかじめ、被告人に対してその旨を告知することを要するものと解すべきである(もっとも、刑事訴訟法にはこのような告知義務を定めた規定はないが、捜査官が起訴後に被告人を取り調べることができる旨を定めた規定もないのであるから、現行刑事訴訟法の全体系ないし訴訟構造をとおして考究するほかはなく、その結果、このように解すべき必然性があると考える)。そして、以上に述べたところに違反する被告人の取調は違法であり、これによって作成された供述調書は、現行刑事訴訟法の訴訟構造に反し、かつ被告人の防禦権を侵害するものであって、法の適正な手続を保障する憲法三一条に違反するものであるから、証拠能力を有しないものと解すべきである。そこで、本件記録を調査するに、原判示各事実について昭和三九年九月二八日公訴の提起があったことは明白であるところ、原判決は、被告人の司法警察職員に対する供述調書全部を証拠として採用しているが、そのなかには起訴後に作成された昭和三九年九月二九日付、同月三〇日付、同年一〇月一日付、同月五日付、同月六日付及び同月七日付(二通)の計七通の供述調書が含まれていることは、所論指摘のとおりである。しかるに、記録を精査しても、司法警察職員が起訴後に被告人を取り調べるにあたり、被告人が取調室への出頭を拒み、または出頭後いつでも取調室から退去することができる旨を十分に知っていたことを認めうる特段の事情が認められないのにかかわらず、あらかじめ、被告人に対してその旨を告知し、被告人がその旨を十分承知のうえで、取調室に出頭してその取調に応じたことは、これを認めがたいので、右各供述調書は証拠能力を有しないものというほかはなく、これを証拠として採用した原裁判所の訴訟手続には法令の違反があるといわなければならない。しかしながら、後段説示のごとく、右各供述調書を除外しても、事実認定に影響を及ぼさないものと考えられるので、右訴訟手続の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは考えられない。論旨は理由がない。

(二)  論旨はなお、被告人の司法警察職員に対する起訴後の各供述調書には任意性がないのにかかわらず、これを証拠に採用した原判決には訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、右各供述調書に証拠能力がなく、これを証拠に採用すべきではないこと、及び右各供述調書を除外しても、事実認定に影響を及ぼさないことは、すでに説示したところであるから、原判決に所論のごとき訴訟手続の法令違反があったとしても、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。従って、右各供述調書の任意性の有無について判断するまでもなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について

(一)  論旨は先ず、被告人は原判示各事実について野瀬幸信及び東龍一と共謀をしたこともないし、また実行行為をしたこともない、というのである。

よって案ずるに、≪証拠省略≫を総合すれば、被告人は非鉄金属商を営み、以前より原判示国鉄関西地方資材部安治川用品庫(以下、安治川用品庫という)から銅電線屑等の払下げを受けていたものであるが、その引渡方法は、同用品庫備付の自動計量器で、買受人の差し向けた貨物自動車の空車重量と同自動車に払下げ物品を積載したときの全重量とを別個に測定し、両者の差額を算出し、これを引渡重量と決定して引渡されるものであることに着目し、昭和三九年三月ごろから野瀬幸信及び同人の使用人東龍一と貨物自動車に砂、ダライ粉等を積んでおき、払下げ物品を積載する際、砂、ダライ粉等を落して払下げ物品等を騙取することを相談し、被告人が野瀬に二七五、〇〇〇円を貸与して同人に右のごとき操作をなしうる特殊装置を備えた貨物自動車を購入させたが、実験の結果、砂、ダライ粉等を落す方法ではうまくいかないことがわかったので、被告人所有のインゴット(鉛塊)を右貨物自動車に積み込み、これを空車のごとく装って自動車の重量を測定させ、払下げ物品を積載したのち全重量を測定するまでの間に右インゴットをひそかに抜き取る方法によって抜きとったインゴットの重量に相当する払下げ物品を騙取することを相談していたところ、被告人は同年八月一八日安治川用品庫より原判示銅電線屑を購入したので、これを奇貨として、野瀬及び東と共謀のうえ、右の方法で銅電線屑を騙取しようと企て、同年九月三日同用品庫において右銅電線屑の引渡を受けるに際し、被告人方において被告人が指図して、野瀬、東及び被告人方の人夫等をして前記貨物自動車に被告人所有のインゴットを積み込ませたうえ、右用品庫に赴き、同用品庫秤量係員横山彰介らに対し、同自動車を空車であるように装ってその重量を測定させたのち、銅電線屑のうちOW線の積載を始めたが、午後零時から一時までの昼休みの間に、野瀬、東及び被告人方の人夫等において、右インゴットを右貨物自動車の両脇に停止させた被告人及び野瀬所有の乗用自動車二台に移しかえ、その間被告人及び東は用品倉庫係員詰所や守衛室に行って右係員や守衛に話しかけるなどしてかれらの注意をそらし、午後一時から再びOW線の積載を始め、OW線を全部積載し終り、引き続いてヨリ線の積載にとりかかろうとするや、被告人において、OW線だけを積載した状態で一旦計量してほしい旨要求し、前記横山彰介をして計量させ、積載したOW線だけの重量を算出した結果二、六五〇キログラムと出るや、被告人は庫長室において、土屋助役及び同用品庫庫長の四宮伊左夫に対し「下見のときに係員からOW線は三トンあると説明を受けたのに足らんじゃないか。これでは困るから同じ品質のものをくれ」と申し向け、論争の末、最初は反対していた四宮庫長をして通信線三五〇キログラムで補充することを承諾させて、話合いがついた(その間に広田方の人夫において、さらに残りのインゴットを前記乗用自動車に積みかえていると思われる)ので、再び積載を始めるべく、用品倉庫に戻ったところ、不審を抱いた土屋助役から台秤で計量をやり直す旨申し渡されるや、被告人は同助役に対し「一旦計ったものをおろせとはなんだ。午前中自動秤を使っておきながら、今さら台秤でやり直せとはなんだ」等と大声でどなりつけ、野瀬及び東に対し「お前らも大声でおどせ」と耳打ちしたうえその場を離れ、引続いて野瀬及び東において土屋助役及びその場にやって来た四宮庫長に対して原判示第二のごとく申し向けて脅迫していたが、再びその場に現れた被告人が野瀬及び東を制止したので、ようやくおさまり、結局ヨリ線を積載したうえ、被告人らの要求どおり自動計量器で計量させたこと、同月四日及び七日も三日と同様、被告人の指示により野瀬、東及び被告人方の人夫等がインゴットの積込み、積みかえをしていること、ことに四日インゴットの積みかえを終ったころ、被告人がその場にやって来て東に「やったか」と尋ね、東はこれに対し「もう済んだ」と答えていることが認められ(る)。≪証拠判断省略≫しかして、右認定の事実によれば、原判示各事実について、被告人が野瀬及び東と共謀し、原判示第一の事実については被告人自身実行行為の一部を行なっていることを認めるに十分である。

その他、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても、原判決の事実認定に所論のような誤りを見出すことはできないので、論旨は理由がない。

(二)  論旨は次に、原判示第一の騙取量を争うのである。

よって案ずるに、前記各証拠によれば、被告人が安治川用品庫より購入した前記銅電線屑は同用品庫の係員の計量によると総量一〇、一〇八キログラムであり、その内訳は、OW線三、〇〇六キログラム、ヨリ線四、〇二一キログラム、ジャンバー線二、〇八一キログラム、通信線五七二キログラム、ケーブル屑四二八キログラムであったこと、昭和三九年九月三日、払下げ物品を積載する前に前記貨物自動車を計量したところ、三、四〇〇キログラムであり、右自動車に右OW線を全部積載して計量したところ、六、〇五〇キログラムであり、積載したOW線の重量は、二、六五〇キログラムであると算出されたこと、さらにその上にヨリ線を積載して計量したところ、七、二一〇キログラムであったので、積載したヨリ線の重量は一、一六〇キログラムであると算出されたこと、次に同月四日は、払下げ物品積載前の貨物自動車を計量すると、三、二六〇キログラムであり、ヨリ線の残り全部と通信線全部及びジャンバー線とケーブル屑の各一部を積載して計量したところ、六、〇四〇キログラムであり、積載物品の重量は二、七八〇キログラムと算定されたが、さらに台秤りで銅電線屑(種類は証拠上判明しない)七キログラムを計って、これを追加積載したこと、さらに同月七日は、前記貨物自動車にジャンバー線の残りを積載していたが、インゴットの抜き取り作業中に安治川用品庫の守衛にこれを発見されたこと、同日同用品庫係員において、右貨物自動車に積載されていたジャンバー線を正確に計量したところ、一、四三〇キログラムであり、未だ積載せずに残っていた銅電線屑を計量したところ、ジャンバー線が六〇〇キログラム、ケーブル屑が三五〇キログラムであったこと、被告人らは同月三日及び四日にはインゴット三七本(重量合計約五六二キログラム)を右貨物自動車に積み込み、これを利用していたことが認められ、被告人の原審における供述中右認定に反する部分は、前記各証拠に照らして到底信用することができない。しかして、右認定の事実によると、被告人らが同月三日に騙取したOW線の重量が三五六キログラムであることはこれを認めうるが、その余の物品については、計数しなければ騙取量が判明しないので、検討するに、右認定の事実によれば、被告人らが同月三日及び四日に前記貨物自動車に積載して引渡を受けたこととされる銅電線屑の量、同月七日右自動車に一応積載したジャンバー線の量並びに残ったジャンバー線及びケーブル屑の量を合計すると、

2,650kg+1,160kg+2,780kg+7kg+1,430kg+600kg+350kg=8,977kg

となり、最初に安治川用品庫の係員が計量した総重量一〇、一〇八キログラムに対し一、一三一キログラム不足するので、被告人らが同月三日及び四日に使用したインゴット三七本の重量約五六二キログラムを二倍した約一、一二四キログラムよりも約七キログラム多いことになり、計数上わずかながら合致しないが、多少の誤差はやむをえないところであって、被告人らは同月三日及び四日ともインゴット三七本全部を乗用自動車に積みかえたものと推認することができる。してみれば、同月三日に被告人らが騙取したヨリ線は積みかえたインゴットの重量約五六二キログラムより、OW線騙取量三五六キログラムを控除した約二〇六キログラムとなり、原判決の認定と合致する。また、同月四日に騙取した銅電線屑の重量は約五六二キログラムであることがわかるが、前記各証拠によれば、同日、貨物自動車に銅電線屑を積載するにあたり、各種類別の重量を計量算出したことはなく、ヨリ線、ジャンバー線、通信線及びケーブル屑を同時に積載して一度計量したに過ぎないことが認められるのであるから、被告人らは種類別に数量を欺いたものではなく、計数上も種類別の騙取量は分明ではない。しかるに、原判決はヨリ線のみ約五六二キログラムを騙取したものと認定している(恐らく、原判決は、植田実作成の下見当時の品種別の明細と記載した書面の数字に幻惑されたものと思料される)ので、原判決には、この点に事実の誤認があるといわなければならない。しかしながら、前記のごとく、銅電線屑約五六二キログラムを騙取した事実は認定しうるのであるから、右の程度の事実誤認は未だ判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできない。所論は、九月三日積載したOW線の重量を算出したところ二、八三〇キログラムであって、一七〇キログラム不足していたものであり、三五六キログラム不足していたものではない。このことは被告人と四宮庫長とが話合いの結果OW線より品質の落ちる品位「中」に属するもの三五〇キログラムで補充することになったことからも推認しうる。何故なら、もしOW線の不足分が三五六キログラムであれば、被告人がそれより品位の落ちるもの三五〇キログラムで補充するというような不利な条件で妥協する筈がないからである、というのである。なるほど、被告人に原審において所論にそう供述をしているし、同日被告人と四宮庫長とが話合いの結果、OWのかわりに通信線三五〇キログラムで補充することを互いに諒承したことが認められることは所論のとおりである。しかしながら、前記各証拠に証人四宮伊左夫及び同藤本義則の当審における各供述を総合すれば、安治川用品庫が払下げを受ける業者と銅電線屑の売買契約をするときは、同用品庫において一応品種別に計量し、これを一緒にして一取り、二取り、三取りなどと引渡す順序を定めた幾つかの山を作り、これを業者に見せ、この中から順次何キログラムを引渡すということを示すに過ぎないのであって、その品種別の内訳は秘密にして業者に示さないことになっており、もし、不足が生じたときは、結局最後順位の山から、契約総重量に満つるまで引渡すたてまえになっていること、したがって、九月三日四宮庫長が被告人からOW線三五〇キログラムが不足しているから補充してほしい旨の要求を受けたとき、そんなに不足する筈がないし、不足したとしても、そのようなことが業者に知れる筈がないと考えて、最初は右要求を拒否していたが、被告人の強硬な態度に屈し、仮りにOW線が不足したとしても、三取り山の物品を引渡せばよいと考え、通信線三五〇キログラムをもって補充することを承諾したことが認められるし、一方、被告人としては、インゴットを利用して計量を欺いているのであるから、必ずしもOW線でなくても何らかの利益を受ければよいのであり、OW線より品質の落ちる通信線三五〇キログラムであっても、これを余分に受取れることになる話を諒承することは容易に考えうるところであって、所論にそう被告人の原審における供述は、前記各証拠に照らして、到底信用することができない。所論は採るをえない。さらに、所論は、九月三日OW線の重量が三五六キログラム不足したというのであれば、被告人らはその計量前に三五六キログラム相当分のインゴットを積みかえたことになり、さらに原判決認定のごとく、ヨリ線二〇六キログラムを騙取したというためには、OWの計量をすませたのち、ヨリ線計量までの間に二〇六キログラム相当のインゴットを積みかえなければならない筈であるが、OW線が不足していたということが被告人と四宮庫長等との間で接衝が行なわれたあとであるから、安治川用品庫側の監視も厳重となっていたのであって、そのようなことができる筈もないし、そのようなことがなされたことについては何らの証拠もない、というのである。なるほど、この点については、直接証拠は全くない。しかしながら、≪証拠省略≫を総合すれば、九月三日被告人が庫長室において四宮庫長等と接衝を重ねているとき、同用品庫助役土屋平及び現品係植田実も庫長室にいたが、その間約一時間以上の余裕があったこと及びその間前記貨物自動車は用品倉庫前にあったことが認められる。してみれば、その間に被告人方の人夫らにおいて、右貨物自動車から残りのインゴットを被告人及び野瀬所有の乗用自動車に積みかえることは可能であったと考えられる(同用品庫の守衛等の監視が第一回目よりも厳重になって、積みかえが不可能になったとは考えられない。何故ならば、すでに認定したごとく、その翌日である九月四日もインゴット積みかえに成功しているからである)。そして、すでに述べたごとき計数の結果及びインゴットの総重量から考えると、九月三日OW線の計量をすませたのち、ヨリ線計量までの間に約二〇六キログラム相当のインゴットが被告人方の人夫等において積みかえられた事実を推認することができる。所論は採るをえない。

その他、所論の点を考慮して記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認の点を発見することができないので、論旨は理由がない。

控訴趣意第一点及び第二点(事実誤認ないし法令適用の誤の主張)について

論旨は、被告人は、下見及び落札をしたうえで昭和三九年八月一八日日本国有鉄道資材部より、銅電線屑一〇、〇〇〇キログラムを代金一、九六八、九九九円で買い受け、直ちに代金全額の支払を済ませたものであるから、被告人は右物品の所有権を取得した。仮りに、未だ所有権移転の効力がないとしても、所有権の移転及び物品の引渡を求める債権を有することは明らかである。従って、被告人が昭和三九年九月三日、四日、七日の三回にわたり安治川用品庫において引渡を受けたのは、国鉄から契約上の義務の履行行為を受けたものであり、換言すれば、被告人の売買契約上の権利に基づき正当に引渡を受けたに過ぎず、国鉄職員を欺罔して錯誤に陥れたことにならないのみならず錯誤に陥った国鉄職員の瑕疵ある処分行為によって引渡を受けたものではない。もとより国鉄は契約量を超えて引渡す必要はなく、もし国鉄が正当に履行を完了したにかかわらず、被告人がそれを否定し、超過量の引渡しを求めたとき始めて問題となるに過ぎない。従って、被告人が客観的には真実一〇、〇〇〇キログラムの引渡を受けたうえで、その事実を偽り、ごま化した数量(少なく表現される数量)だけしか引渡を受けていないと主張して、超過量を領得しようとする意図を内心に秘めていたとしても、被告人は一〇、〇〇〇キログラムは受領する権利があるから、国鉄が未だ履行を完了しない段階における同年九月三日、四日、七日の受領行為は正当な業務行為であり、また犯罪の実行の着手があるとはいえない。しかるに原判決が原判示第一の各事実を認定し、これに対し詐欺罪ないし詐欺未遂罪の成立を認めたのは、事実を誤認し、かつ法令の適用を誤った違法がある、というのである。

よって案ずるに、前記各証拠によれば、被告人が昭和三九年八月ごろ、安治川用品庫において、一取り、二取り、三取りと引渡の順序を定めた払下げ銅電線屑の三つの山を下見して、そのうち、数量一〇、〇〇〇キログラムを代金一、九六八、九九九円で買い受けるということで落札し、同月一八日日本国有鉄道資材部より右銅電線屑を買い受け、直ちに代金全額の支払を済ませたことが認められる。しかしながら、≪証拠省略≫を総合すれば、被告人が下見をした本件銅電線屑の三つの山のうち、一取りと二取りの二つの山に一応、引渡すべき一〇、〇〇〇キログラムが積まれており、その品種別内訳は、安治川用品庫係員の計量により、OW線三、〇〇六キログラム、ヨリ線四、〇二一キログラム、ジャンバー線二、〇八一キログラム、通信線五七二キログラム、ケーブル屑四二八キログラム(計一〇、一〇八キログラム((超過分一〇八キログラムは目減り等を見込んだもの)))とされていたが、同用品庫は払下げを受ける業者に対しては、あくまで右品種別数量を秘し、一取り、二取りの他に一応の予備として三取りの山を準備しておき、この三つの山から一〇、〇〇〇キログラムを引渡す旨を示すのみであって、一取り、二取りの順に引渡をしてゆき、もしそれでも引渡数量が契約数量に満たないことがあれば、三取りの山から不足数量を引渡すたてまえになっており、本件売買契約においても何ら変るところがなかったことが認められる。してみれば、一取り及び二取りの山は被告人に引渡されることが殆んど確実ではあるが、法律上は未だ売買契約の目的物が特定したものということはできず、従って、前記売買契約によっては未だ所有権は被告人に移転したものということができない(但し、被告人が国鉄に対し、目的物を特定したうえ引渡を受ける債権を有するこというまでもない)。もっとも、昭和三二年二月日本国有鉄道公示第四六号物品契約申込心得五五条二号によれば、国鉄所有物品の売却契約の場合における目的物の所有権は、国鉄が履行地において買主にその目的物を示し、領収書を受領したときに、国鉄から買主に移転することとされているけれども、右に「目的物を示す」というのは、その目的物を特定して示す意味であると解すべきことは、所有権移転の効力を発生させる要件として当然のことである。そして、すでに認定したごとく、本件銅電線屑の引渡方法は、安治川用品庫備付の自動計量器で、買受人の差し向けた貨物自動車の空車重量と物品積載後の全重量とを別個に測定し、両者の差額を算出し、これを引渡重量と決定して引渡されるものであるから、本件のごとき売買契約においては、買受人の差し向けた貨物自動車に払下げ物品を積載し、その重量を算出したときに、その積載された物品が売買の目的物として特定され、その都度所有権が買主に移転していくものと解する。ところで、すでに述べたように、被告人らはインゴットを貨物自動車に積み込んで安治川用品庫に赴き、同用品庫秤量係員横山彰介等に対し同自動車を空車であるように装ってその重量を測定させたのち、立会係員の隙を見て、前記インゴットを秘かに用意していた乗用自動車に移しかえ、貨物自動車に払下げを受けた銅電線屑を積載して全重量を測定させ、積載した銅電線屑の重量を真実の重量よりも、移しかえたインゴットの重量分だけ軽く算出させたものであるから、同用品庫係員としては右算出にかかる重量が真実の積載物品の重量であると誤信し、これを引渡重量と決定したものであり、したがって、国鉄と被告人との間では右算出重量の銅電線屑を引渡す旨の合意が成立したことになる。してみれば、被告人は右算出重量を超過する銅電線屑については未だ引渡を受ける正当な権利がないものといわなければならない。そうだとすれば、被告人が貨物自動車に積載して引渡を受けた物品のうち右算出重量を超過する部分については、真実引渡を受ける正当な権利がないのにかかわらず、同用品庫係員横山彰介等をして右権利があるもののごとく誤信させて、これを騙取したものというほかはない。そして、このような行為が刑法三五条の正当行為にあたらないことはいうまでもないし、また右のごとき詐欺の犯意をもって貨物自動車にインゴットを積載し、同用品庫係員に対して右自動車が空車であるように装ってその重量を測定させたのち、払下げ物品を積載させる一方、右インゴットを用意していた乗用自動車に移しかえた場合、その段階ですでに欺罔行為の実行の着手があったものと解すべきである。してみれば、原判決が、原判示第一の(一)及び(二)の行為について詐欺罪の既遂を、同第一の(三)の行為について詐欺罪の未遂をそれぞれ構成するものと認めたのは正当であって、事実誤認ないし法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第六点(量刑不当の主張)について

論旨は、被告人に対しては、刑の執行を猶予すべきであるのにかかわらず、懲役一年六月の実刑を科した原判決の量刑は不当に重過ぎるというのである。

よって、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、本件各犯行の罪質、手段、態様、ことに被告人は、原判示第一の詐欺の目的を達成するため、安治川用品庫の庫長、助役、係員等を大声で威圧し、あるいは野瀬幸信及び東龍一をして原判示第二のごとく脅迫させていること、被告人は共犯者間において指導的地位にあったこと、本件各犯行は職業的犯行であること、被告人は昭和四二年一二月二一日、名古屋高等裁判所において、窃盗詐欺及び外国為替および外国貿易管理法違反の各罪により、懲役六月及び同二年六月(但し、いずれも五年間執行猶予)に処せられているが、右事件が同高等裁判所係属中に本件各犯行を犯したものであること、その他被告人の前科等に照らすと、被告人は国鉄より本件売買契約を解除されたうえ、違約金として三四五、二三七円を徴収せられ、本件各犯行による利得はなかったこと、本件各犯行による国鉄側の被害は、それ以上に補填されていること、その他所論の各事情を考慮しても、原判決の量刑が不当に重過ぎるとは考えられないので、この点の論旨も理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田勝三 裁判官 佐古田英郎 梨岡輝彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例